3か月ごとに見直されるルールになっている財形持家個人融資(以下、財形住宅ローン)の1月~3月の金利が決まりました。

それにしても財形住宅ローンの貸し出しが苦戦しています。19年度は件数、金額とも30%を超える減少を記録しています。

今年度の実績は、不明ですが、民間金融機関の採算を度外視した過当競争下の中になって苦戦は免れられないのではないかと見ています。それに雇用能力開発機構の機構解体が叫ばれる中になって、財形の取り扱い窓口がどこになるのか関心があります。
1月のネット銀行関係の住宅ローン金利は、下表のとおりです。

ソニー銀行は、毎月15日に翌月の金利を決定して公表する仕組みとなっていますので、月末に金利改定して公表するのは、住信SBIネット銀行と新生銀行(ネットではありませんが)です。前月からの改定幅は、住信SBIの5年~10年固定ものに見られる程度であり他は据え置きとなっています。
以前から当欄で、住信SBIの金利方針はソニー銀行睨みで決められているのではないか、と指摘しております。その姿は、今月も明瞭です。ソニー銀行が参考基準金利としているスワップ金利の動きは、下表のように足元では3年ものが1年、2年より低くなっている等が見られますが、同行は据え置いています。このままで推移した場合の1月中旬のソニー銀行の金利が先ず注目です。

前月レポートを失念しました(ごめんなさい)中央ろうきんの1月の住宅ローン金利は、下表のとおりです。もともと低水準にある同金庫の金利水準ですから、今月は動きがありませんでした。マーケット動向をにらんで決めているのでしょうが、どうも人為的な要素が大きいような気がしてならないのは主宰だけの印象でしょうか。
参考で表示した順位は、前月12月のものです。
先に、こちらで大手銀行の住宅ローン金利が高止まりしているのではないかと指摘しましたが、この傾向はどうやら大手銀行に限らないように思われます。年明け以降の動向に要注目といったところでしょうか。
大手4行の1月のローン金利が発表になりました。本日現在、HPにアップ済みの三菱東京UFJ銀行とみずほ銀行の2行とプレスリリースベースでの新聞掲載の三井住友銀行とりそな銀行の1月金利は、下表の通りに引き下げです(一部据え置き)。

引き下げは、一口に言ってしまえば長期金利等の市場金利の低下を受けてということになります。引き下げ幅0.05%~0.200%は、最近の市場金利の動きから見るとやや下げ幅が抑えられてはいないかといった感じです。
この一年間の市場金利と住宅ローン金利の動きを振り返っておきたいと思います。下表は、2008年一年間の長期金利の推移を見たものです。

一覧しての特徴点は、①年末の長期金利水準は、年初時点のそれを下回っています(12月30日1.165%-1月4日1.465%=▲0.300%)。②6月にピーク(1.880%)を付ける以前の底(3月25,26日の1.250%)からピークまで+0.630%上昇した。②6月のピーク時点から年末までに▲0.715%低下しました。
これを念頭に置きながら、住宅ローン金利とを見比べてみたのが下表です。

表を見る際の留意点は、次の通り。①参考基準金利となる新発国債10年利回りは、1月には1月4日の金利を、2月~12月はそれぞれ前月末日終値をプロットしています。②住宅ローン金利は、みずほ銀行のローン金利を例示しました。大手都銀の中でローン金利が他行に比して低く設定しているからです。
さらに、住宅ローン金利が参考基準金利の上げ下げをどの程度反映した水準に設定されたかを見たのが下表です。

これによると、①年末の水準は、10年もの、3年ものとも年始水準以上となっており、国債が年始水準以下になったことと比較して下げ渋った印象で、年明け以降も引き続いてその推移をみていく必要があります。②年間を通して見ると、6月のピークを境に上げ過程では国債のピーク前ボトム時からの上昇幅以上に10年、3年ものとも引き上げられています。③下げ過程では、反対にピークから年末までの下げ以下に抑えられています。特に、3年ものは国債の下げの2割弱ほどの反映にしかすぎません。
結局、2008年を通して上げ過程では参考基準金利の上げ以上の引き上げが行われた一方、下げ過程では参考基準金利の7割から2割程度の下げに抑えられた住宅ローン金利の水準であったということで、総じて、下げ渋っているローン金利といえます。
では、なぜ住宅ローン金利は高止まりしているのでしょうか。足もとの金融経済環境は、先行き景気回復が長引きそうとの予想のもと下げ基調が顕著になっています。少なくとも年始水準を下回る金利水準になってほしいところではあったのですが、高止まりの背景には、金融機関の経営事情が考えられる一因です。
日銀レビュー2008-J-14(12月)の「銀行の住宅ローンを巡る最近の動向とリスク管理上の課題:マクロ的視点からの検討」に、このあたりの事情が触れられています。
それによると、
①バブル経済崩壊以降、企業の資金需要が伸び悩む中で、銀行は住宅ローンへの取り組みを積極化させた結果、1990年度から2007年度にかけて国内銀行の住宅ローン残高は、41兆円から98兆円へと2倍強増加した(住宅ローンが国内銀行の貸出全体に占める割合は10.0%から23.8%に高まった)。
②住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)の貸出等を含めた、我が国の住宅ローン市場全体の規模は、2000年度以降ほぼ横ばいで推移している。
③こうしたマーケット事情から(一定の想定の下での試算結果ではあるが)住宅ローン貸出1年目の採算性は、店頭金利から調達金利を差し引いた値がおおむね一定で推移する中、金利優遇幅が大きく拡大したことに伴い、採算性がプラスからマイナスに転じている。
④その採算性を大手行と地域高を比較すると、地域銀行は経費が相対的に高い分、採算性がより低い水準にとどまっている。
⑤融資期間全体の採算性も悪化しており、特に当初固定期間の長い商品ほど、貸出1年目の低採算性が長期間続くことから、融資期間全体の採算性がより顕著に悪化している。
⑥最近では、当初固定期間経過後の金利優遇幅が拡大し、当初固定期間経過後の採算性も悪化している。
結局、住宅ローン市場をめぐる金融機関の過当競争(相も変らぬサラリーマン経営者による主体性のない日本的経営から脱却できない結果もたらされる振り子のブレ)により収益性が悪化してきたため、その改善を図るべく住宅ローン金利の水準訂正は、参考基準金利の上げ幅下げ幅の範囲未満という対応をとらざるを得なくなってきたことが挙げられます。加えて、リーマン破掟後の世界的な金融経済環境激変の中で、傷んだ自行B/Sの悪化を少しでも食い止めようとする動きとが重なって、本来ならもっと引き下げられてよいはずの金利の水準訂正が、”未満”で終わっていると言えます。しわ寄せがローン借入者に転嫁されてきていると言えます。
これから新たに住宅ローンを借り入れようと考えている社員の方は、いつも申し上げているように、予断なく情報収集を徹底して行い、比較考量して選別と選択を行い、間違いのない住宅ローンを借り入れるように慎重に対応すべきです。
11月の下旬から最低気温が氷点下続きの軽井沢。今年は雪が降ったのは今月中旬と昨日からとで雪は少なめですが一面銀世界の朝です。
昨年はドカッと降って一面の銀世界となったことはここでも記しましたが、少なめとは言え、地元の人工スキー場には恵みの雪(?)となったのではないでしょうか。
昨日の最低気温は―10.8°とこの冬初めての二桁台(ちなみに、昨冬のマイナス二桁記録は08年1月15日の―11.5°でした)。
いよいよ厳冬の軽井沢入りです。
平素、SHOPエフスタイル軽井沢をご利用頂きありがとうございます。この一年間、ネットを通して全国各地のお客様に、又軽井沢の方に足を運んで頂いたお客様に、心から感謝申し上げます。
大変勝手ではありますが、表記については、以下のとおりとさせていただきます。ご不便をお掛けいたしますが、何卒よろしくご了承のほどお願い申し上げます。
◇年末年始の休業について・・・・・12月27日~1月12日
◇SHOPの冬季クローズについて・・・・・1月17日~3月13日
激動の2008年でしたが、一日も早い金融情勢の落ち着きと景気回復で、平穏で楽しい2009年となりますよう心から期待しております。
ずっと探していたあるものが思いがけず出てきました。「廃棄してしまっんだ」と既にあきらめていたものです。先日、中井に引っ越してきてから初めて(10年ぶりということになります)地下室のトランクルームを止むにやまれず整理整頓することになりました。この10年間というもの、娘たちのお雛様セットの大小数個の箱をはじめ旅行用カバン、ゴルフバック、季節用のディスプレイ額やリースなど何かと便利に「地下にしまっておくよ」と入れ放題だったトランクルームもいよいよスペースがなくなり、全部棚卸して不要物は廃棄するなど空きスペース作りをしたのです。
本棚を整理すべく袋に入った書類の中にそのあるものはありました。あるものとは、30年前に私が書いた「これからの時代をどう生き抜くか―中小企業の倒産回避策」なる小論が掲載されたニッセイ経営情報1978年6月号*です。何度かの引っ越しの度に私の宝物的に連れてきたもの。小論は、僅か原稿用紙8枚ほどのものですが、何故か私の思い入れが強く、機会あるたびにここで述べたことがその後の私の判断の基軸になっていたのです。拙いものですが、以下原文をそのまま紹介させていただきます。データなど当時のまま古いが、エッセンスは少しも変わっていないと思っています。(今、読み返すと若気の至り的な部分があり恥ずかしくなりますが、ある意味時効でもあろうかと。)
*ニッセイ経営情報は、当時、日本生命が中小企業向けに発行していた小冊子のツールで12~13万部を全国に配布していた。
◆◆これからの時代をどう生き抜くか―中小企業の倒産回避策◆◆
昨年は、1日61社、100社に1社が倒産
昨S52年は、18,471社が倒産。S51年の15,641社を抜いて史上最悪を記録した。1日当たり(祝休日を除く)61社が倒産したことになる。これは負債総額1千万円以上のみの倒産件数なので、それ以下で倒産していったものも含めると、実際にはもっと多くの企業が倒産していったことになる。昨年の法人企業数は141万社程。従って、企業の倒産率は1.31%である。100社に1社、1万社に131社が負債総額1千万円以上を抱えて倒産していったのである。
金融緩和期でも倒産多発
本年3月、公定歩合が0.75%引き下げられ、年3.5%となった。これはわが国の戦後公定歩合史上最低の水準であり、”超”低金利時代に入ったことを意味している。S50年4月以降連続8回、合計5.5%引き下げられてきた金融”超”緩和期に現在あるといえよう。
従来は、金融引き締め期に倒産が増加し、金融緩和期に減少するといった倒産発生パターンであった。が、ここ2~3年の倒産多発現象は、金融緩和期におけるもの。従来の傾向と明らかに異なってきている点に留意する必要があろう。
倒産原因―本当は何か
昨年の倒産原因別内訳は、下表のとおりで、販売不振、累積赤字・売掛金回収難などいわゆる不況型原因が53.9%(S51年51.3%)。やはり不況が原因で倒産したと見られているし、思われている。
ここに面白い調査結果がある。某新聞社が倒産会社570社についてその原因を当の経営者自身とその企業に貸し付けていた金融機関に問い合わせたものである(倒産原因を複数回答しており総計100%にはならない)。
それによると、経営者側は、倒産原因の多くを不景気、資金不足、競争の激化といった言わば企業外的要因を挙げている。一方、金融機関側は、その多くを経営の非能率、経営者の不正直・不誠実といった企業内的要因によると指摘している。債権者、債務者といった立場の相違、観点の相違でもあろうが、考えさせられる問題である。
企業は、ヒト・モノ・カネから成っているのは本当か
企業とは、何人かの”ヒト”が集まって、”カネ”を持ち寄り、”モノ”を製造して販売する有機的組織体であると言われているのは、定説のようだ(もっとも最近はこの3要素に”環境”を加えた4要素が出てきているが・・・)。
ところで、このようには考えられないだろうか?すなわち、企業がどこから、どのように、いくらの”カネ”を集め、それを元手に何”モノ”を、どのくらい、どのようにしてつくり、それをどのような方法(ルート)で売り、利潤を最大限に得るようにするかを決めるのは、誰でもない”ヒト”(狭義には経営者のみ、広義には従業員も含む)そのものである、という様にである。
「経営は人なり」は真理
「経営は人なり」-企業は、経営権を握る経営者次第で大きく成長できるし、又衰退して倒産していくこともある。経営者の資質は、次の二つに分けて考えられないだろうか。一つは人格そのもの、もう一つは経営意欲をも含む経営能力である。経営者の人格が低くては、論外である。仮に人格が普通以上でも、経営意欲が足りないとか、意欲はあっても経営的能力いわゆる経営手腕がないというのもよいこととは思わない。
人格・意欲・手腕―これらすべてが経営者には必要であり、又要求されている。その一つが、まして二つが欠けていようものならその企業の、経営の前途は暗いと言わざるを得ない。これらが揃っていることは、経営者個人の信用度が高まるばかりでなく、企業内部においては意思決定者と執行機関との結びつきの基礎となり、外部に対しては取引先や金融機関に対する信用につながると考える。また、識見を高め、経営手腕を発揮するためには常日頃からの絶えざる勉強が必要であり、これを怠ることは決して許されないものであろう。
要するに、経営者自らの姿勢が正しくあることが企業を守る大きな条件である。これが正しくないために企業を倒産に至らせた例は現実に数多くみられる。
倒産回避の戦略とは
企業にとっての”戦略”の必要性を説いた書物が数多く出版され、ブームの如き減少を呈しているのは最近の傾向である(もっとも、戦略の必要性が今特に叫ばなければならないことではなく、企業にとっては常に必要で当たり前のことと考えるが)。
もちろん、大企業同様中小企業にも「戦略」の必要性は大いにある。そして、中小企業にとっての戦略とは、実は「経営者」そのものであると考える。
中小企業の経営者にはいわゆるワンマンが多い。しかし、ワンマン経営(者)が悪いとは決して言えない。企業の成長・発展段階をリスキーな創始期、成長期、安定した成熟期に分類するならば、成長期まではむしろワンマン経営の方が戦略的に良い場合が多い。ただ注意しなければならないのは、ワンマンの眼は主観的になり易く、ワンマンの能力には自ずから限界があるということである。
そこでワンマン経営のメリットを生かし、企業の永続的成長・発展を図るために、
『経営を冷静に見る眼をもつように努める』 『ブレインの育成・強化を図るように努める』
ことが肝要であると思われる。企業内部でのブレイン育成が困難であれば、例えばメイン銀行の経営相談所などの活用が考えられる。このようなワンマン経営者であれば、金融機関の信用と支援を受けるであろう。要は、意識と姿勢の問題である。
この2点が忠実に誠意を持って実施されるならば、先のような調査結果は出なくなるだろうし、ましってやそのような調査を受ける当事者に加わることもなかろうと思うのだが・・・。
日経金融機関ランキングの顧客満足度2年連続首位となったソニー銀行。1月適用の住宅ローン金利を公表しました。
変動、固定2年、3年ものが引き上げ、固定5年ものが引き下げ、固定10年もの以上が据え置きとなりました。この結果、同行の推移は、以下のようになりました。
同行が適用基準金利を設定する際に参考としているスワップレートの動きは、下図の通りでした。

このところの大きな流れは、短期については、
12月2日日経1面:資金調達ひっ迫感強まる 銀行間金利、14日連続上昇
12月9日日経19面:年末越え資金に逼迫感 TIBOR、19日連続上昇
一方、長期については、
12月3日日経19面:長期金利7ヵ月半ぶり低水準 入札順調で需給懸念後退
といったところに象徴されるようです。
かつてない急峻な経済金融環境の激変ぶりに右往左往しがちですが、住宅ローンをどうするかしっかりとした判断基軸を持って冷静に捉えていくことが肝要と考えます。
大正期には文人も多く訪れるようになった。明治の末から、若山牧水や島崎藤村、伊藤左千夫、正宗白鳥が軽井沢に立ち寄っている。大正2年5月、中勘助が追分に遊び、日記体で綴った「裾野」に浅間山麓の情景を描き、同9年、有島武郎が軽井沢での生活を描いた随筆紀行「信濃日記」を『新家庭』に発表、翌10年北原白秋が「落葉松」の詩を発表するなど、軽井沢が世に紹介されるようになった。12年、有島武郎が三笠の別荘で情死する事件は、軽井沢の名を全国的に知らせた。
大正13年、芥川龍之介は、室生犀星や堀辰雄とともに、旧道つるや旅館に滞在、翌年も訪れ、7月22日にはがきに「今日の午後1時頃この宿につきました。ここは夕方73、4度、雨の日は64、5度になるさうです。まだちょっと落ちつきません。町には西洋人が多い故、仲々ハイカラです。」と書いている。翌年も堀辰雄は軽井沢に滞在し、芥川龍之介のお伴をして、峠や追分、沓掛などの古駅をみてまわった。その後のいくつかの作品の舞台として軽井沢が登場し、文学の世界を通じて軽井沢が広く紹介されることになった。
別荘地としての価値は上がり、土地や建物が安く手に入った明治の中ごろとは様子が一変した。日本人上流階級の避暑生活は宣教師たちには華美に見えるようになった。 大正10年、軽井沢町では、別荘所有不在者税を徴収することになり、外国人の反対の中で実施された。
こうした中で、外国人避暑客の中には、野尻湖の南岸、神山に外国人のみの別荘地を作る動きが出てきた。美しい湖のほとりに軽井沢の4分の1という地価の安さ(1坪1.11円)日本人を入れない外国人だけの別荘地ということで、軽井沢から移り住む人もいた。
’Nojiri Lake Association 1967 Year BookのHistorical Noteの項に
「After describing the initial visit Nojiri of a small group of “rebels” agaist the “Karuizawa pink teas,starched collars and seven conferences a week “Mr Mckenzie descrifed the early development of a NLA」
という一節がある。初期の開発者マッケンジーは、1923年に三代目の村長をした人であるが、”Karuizawa pink teas”(華美な雰囲気)と”Starched collars and seven conferences a week”(一週間に何回もの気取った社交的な会)をきらって野尻湖へ移ったと読み取ることができる。宣教師や大戦に負けたドイツ人たちは経済的理由が最も大きかった。NLAの設立に長野のノルマンが大きくかかわり、日本人を入れない外国人だけのコミュニティをつくっていった。
大正15年の7月の北信毎日新聞の”今の軽井沢”の一節に、
「お金のない人大きらい、といったブルジョア万能の土地となっていやしないか、貴族符号の如き特殊階級のみが楽しむこと許されているのではないか、資本家は、坪一銭以下の安価で土地を購入したけれど、今は一円以上でなければ売らないのである。貸別荘にしても、百円以上でなければ貸さないそうで、軽井沢に暑を避けようとすれば、月収千円以上もなければ到底できない相談である。」と書いているように、明治期と比べて、避暑生活に金がかかるようになってきた。
表記の見出しが今朝の日経5面に小さくありました。
住宅金融支援機構が提供する住宅ローンについて、新規借入者を対象に金利の引き下げや返済期間の延長などを検討するというもので、需要喚起→住宅・不動産市場下支えが狙いです。これは過去最大規模の住宅ローン減税を打ち出した首相の意向を踏まえたもので、ほかに業者向け資金繰り対策も講じられるようです。
この方針で想い起しますのは、10年前の政府の対応です。小渕内閣当時の経済対策に「住宅金融公庫等の融資に関し緊急に講ずべき対策について」(H10.10.23.)がありました。ここで打ち出された”何でもあり”の世界が貸し手にも借り手にもモラルハザードを引き起こし、社会問題化したことは記憶に新しく(詳しくは、こちら)、現在でも尾を引いているところです。
当時と今日ではいくつかの点で状況が異なり、単純には連想はできませんが。顕著な相違点は、対策の実働部隊である住宅金融公庫(当時)が住宅金融支援機構(以下機構)と独立行政法人化した点です。機構は、生き残り策を証券化支援事業に求めましたので、周知のとおり現在では民間金融機関に融資させた住宅ローン債権を買い取り証券化して、それを市場に売却しています。
機構は、信用リスク(与信に責任を持つ)を取りつつ、資金は市場から取り込みスプレッドビジネスをフィー化させるモデルにしたのです。上記の日記にも触れましたが、融資条件の緩和は不良債権の増加につながるとの私の懸念を前提にすると、今回の国土交通省の方針から将来的に起る問題は、どのようなことが考えられるのでしょうか?
貸し手サイドに立って考えると、条件緩和は、融資対象範囲の拡大=緩和前基準では貸し出せなかった人への融資が可能になることです。収入条件が緩和前と変わらず一定とすると、このことはいずれ返済遅延が表面化するのは時間の問題と見られ、キャッシュフローが立ち行かなくなり物件処分等での回収を借り手に促すことにつながることになります。
一方、借り手サイドに立って考えると、貸し手とは反対のことが言えるのですが、大きく違うのは、マイホームを取得した人は、返済に窮する事態になっても「何とか挽回できる」「自分たちだけは物件処分を免れられる」と他力本願的な望みにすがりがちになることが懸念されます。こうした根拠なき期待感が傷を深くしてしまうのです。
どちらから見ても、融資条件の緩和は、貸し手と借り手のモラルハザードを招き、社会問題化するの懸念が拭い捨てられません。
さて、機構は、条件緩和した住宅ローン債権を買い取り証券化しますので、緩和後の証券の原債権は、質的に緩和前より劣化したもので構成されている可能性が高く、引いては機構の信用リスクが高まることに繋がり、このことはいずれは格付けへのマイナス影響(格下げ)→証券化事業への影響(買い手減退)をもたらし、最終的には機構のビジネスモデルにも影響することになりはしないかと老婆心ながら気にするところです。
政策当局者や関係当事者には、今回の方針がいつか来た道に舞い戻ることのないよう、どうか慎重な検討をしていただくようお願いしたいものです。

