~株式会社エフスタイル軽井沢。パイン家具、ソファ、ホーロー、住宅ローンソリューションズのご提案~

軽井沢日記TOP » 10月 2008
2008/10/29 水曜日 at 10:46:30

追加経済対策の首相指示の一つに住宅ローン減税を過去最大に、はこちらで触れたところです。

今朝の報道によれば、税額控除の上限を最大600万円程度、対象となる借入金の上限を5千万~6千万円で調整する方針であり、控除期間や控除率は検討中だが、それぞれ10年、1%前後が有力。今回の減税は景気テコ入れのため制度の期限を2~3年とする公算が大きい。とありました。

サブプライムローン問題に端を発した世界同時金融危機はにわかに鎮まりそうになく、日を追うごとに事態が一層悪化していくようで不気味な感じさえします。100年に一度の危機などと言われています。全世界の誰もが経験したことのない事態が進行中ということではないでしょうか。経済金融理論なり、マーケット指標なり、過去の経験値なりが役に立たなくなってしまっているのです。

景気指標は先行き暗雲が立ち込め実態経済への波及が不可避であるシグナルを発しています。グローバルに、ハイスピードで、同時に、そして例外なく(先進国、新興国の区別なく)、がキーワードのグローバル・ファイナンシャル・クライシスです。

麻生首相が追加経済対策を指示してから未だほんの1週間程度しか経過していませんが、この間でさえ我が国の経済金融環境は大きく変化しています。その変化のスピードと打ち出される対策を見ると(過去の経験をベースに見ていると)尋常ではありません。たとえば、金融機能強化法の公的資金枠2兆円を10兆円に拡大するという政策一つにしてもあっという間の出来事になりそうです。

冒頭のように、住宅ローン減税の「最大に」の姿が見えてきましたが、本当に必要なのは国民が住宅を取得しようという将来に明るい展望が描け、前向きの気持ちがもてる過去にとらわれない非常事態宣言的政策支援くらいのことが打ち出されないと効果が期待できないのではないでしょうか。足元の経済は、わが国も世界同時金融危機の影響の中にあることが明確です。輸出主導型産業界へは急激な円高なども加わって先行き更なる減速化は否めません。企業業績の悪化、雇用情勢のさらなる悪化、賃金抑制など住宅取得希望者にとってはネガティブ要素ばかり。住宅を買おうという気がなかなかわいてこないように思えてなりません。


2008/10/28 火曜日 at 9:13:36

前回、労働金庫の住宅ローン商品は、借り手側からみるとわかりやすくていい。商品群の構成と内容からは、労金の企業としての懐の深さ(経営体力の強さ)を感じる、と触れました。下表は、<中央ろうきん>の10月適用金利表です。これを見るとその懐の深さを一層感じます。
roukin-kinri-20081023.JPG
金利表を一覧すると労金の金利(優遇措置適用後の最優遇金利水準)が相当低い水準にあるなと感じます(例えば、変動もの標準2.875%ものは大手銀行は優遇措置適用後1.875%で並んでいますが、労金は何と1.175%です)。
主宰が住宅ローンアドバイザー登録している(財)住宅金融普及協会が開発した全国全金融機関の住宅ローン金利表から中央ろうきんの金利水準がどの程度なのか調査してみました。

結果は、下表のとおりです。
roukin-suijyun-20081023.JPG
対象延べ件数は1134件です。その中での順位を示したのが右端欄です。変動金利型が全金融機関中最低の水準であるほか、固定金利選択型ともトップクラスにあるなど驚異的な低金利水準にあるのです。十分な金利競争力を有している存在です。この調査で分かったのですが、低金利の上位には信金や信組、地方銀行といった営業テリトリーが比較的狭い地場金融機関が目につくのですが、中央ろうきんのように首都圏一都7県をカバーするような先が上位に来るのは目立つ存在と言えます。

恐るべし!<中央ろうきん>といったところです。

中央ろうきんの適用金利が低いのはなぜか?この疑問を解明したいと思います。標準金利(大手銀行などは店頭表示金利等と呼称しているもの)は他社と比較して目立って高いとはいえずまた目立って低い水準とも思いません。いわば平均的かやや下といったところでしょうか。どうやら優遇措置にその原因があるようです。下表を見てください。
roukin-yugusochi-20081023.JPG
金利優遇タイプ別に先ず1.45%と1.15%の優遇措置が取れます。これに加えてすまいる優遇0.10%と会員優遇0.15%が上乗せされます。通計すると当初期間優遇型の場合で最大1.70%、全期間優遇型の場合で同じく1.40%の優遇が受けられることになっています。この優遇措置適用幅は、大手銀行ではみずほの5年、10年、三菱東京UFJの20年などと同水準であり、ネット銀行では優遇幅の大きな住信SBIネットを10年までは上回り、20年では下回るなどといった水準にあり、総じて突出して優遇幅が大きいというわけでもなさそうです。
では中央ろうきんの優遇措置適用後の金利水準が我が国住宅ローン取扱金融機関の中でトップクラスにある要因は何か?その答えは、次のとおりです。

(他金融機関の店頭金利水準よりやや低い水準に設定された標準金利) ー (手厚い優遇措置が講じられている他社と遜色ない水準の優遇幅設定) = (住宅ローン取扱機関の中でトップクラスの低い適用金利水準)

懐の深い<中央ろうきん>です。

住宅ローン借入検討する立場から見れば、このように金利面で十分な競争力を確保している訳ですから積極的に利用しない手はないでしょう。しかし、私たちにとって労働金庫の存在は、銀行など比較すると少々馴染みが薄かったようです。その設立経緯などを考えるとやはり銀行ほど日常性に富んでいたわけではないようです。住宅ローンを借りるべく労金を対象先に検討しようとすると制約もあります。このあたりの基本的な労金の仕組みと利用法について次回触れてみたいと思います。


2008/10/27 月曜日 at 9:09:16
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 明治37年(1904)から沓掛の北方浅間山に向かって湯川の上流2㎞の地点で、水車を利用して製材工場を営んでいた星野国次(初代嘉助)は、明治43年(1910)の大水害を契機として、赤岩鉱泉・塩坪の湯を荻原寛治より買い取って営業を始めた。
 彼は明治から大正に入って、軽井沢がようやく避暑地として内外の注目を集め始めたのをみて、温泉開発に着手した。大正2年神社風の浴場を建てるとともに、星野温泉と名を改めた。熱い温泉を求めて、塩坪を中心に上総掘りという手掘りから、ロービング式掘さく機まで使って掘り、3年の春、浴場の完成に続いて旅館営業を開始した。

 大正5年(1916)には池の端別館のほか、二号、五号別荘、7年にも七・八・十号と三つの別荘を建て、別荘と温泉を組み合わせた経営を行った。
 この間、大正4年には鎌倉から円覚寺管長長釈宗演禅師を招き、同6年には天狗タバコの創始者、岩谷松平が一族郎党を引き連れて避暑がてら一夏をすごすなどにぎわいをみせはじめた。
 大正9年(1920)の夏、にせ赤い鳥事件が縁となって、鈴木三重吉が家族と共に星野温泉を訪れた。翌10年8月、「赤い鳥」が呼びかけ、全国から140名を集めて「芸術自由教育講習会」が盛大に開かれた。講師として、我が国の農民美術運動の創始者山本鼎(大正7年にアトリエ建設)をはじめ、鈴木三重吉・北原白秋・沖野岩三郎などに恩を代表する作家のほか、宗教家であり学者でもある内村鑑三の課外講演会も行われた。この講習会は教育界に大きな影響を与えたばかりでなく、そのころから与謝野寛・晶子夫妻、若山牧水・喜志子夫妻など多くの作家、詩人が訪れるようになり、星野温泉周辺の別荘地化が進むことになった。

 星野温泉の前身である赤岩鉱泉は、アルカリ性の温泉で古くから草津温泉の強酸性の湯治でただれた皮膚をなおすために親しまれていたが、星野嘉助によって新しく温泉としてよみがえり、その周辺一帯は新しい別荘地となっていった。大正以後の別荘地の大部分が長野県外の資本によって開発されていった中で、星野別荘地は佐久の製糸資本が投入されて開発されたことは注目に値する。


2008/10/26 日曜日 at 18:00:27

自宅にパソコンなどがあればエクセルなどの表計算ソフトを使って簡単に住宅ローンのシュミレーションが可能です。あなたも関数を使ってトライしたことがあるでしょう。 ネット全盛期の現在、金融機関をはじめとして無料で住宅ローンのシュミレーションができるサイトが増え、ずいぶんと便利になりました。

そのような中ではありますが、私は敢えて一度は自分で電卓叩いて住宅ローンのシュミレーションをしてみてはいかがと提案したいと思います。住宅ローンの仕組みがよく理解でき、必ず役に立ちます。 ◆元金均等返済のシュミレーション借入額2000万円、返済期間30年(360ヶ月=返済回数)、金利3%、毎月返済のみ(ボーナス併用払いなし)のケースを考えてみます。

毎月の返済元金額=借入額2000万円÷360回=55,555円 となります。

次に利息分の返済金額を計算します。
元金均等返済方式では前回の借入額残高に対する利息を加えるということになりますので、

2000万円×3%÷12=50,000円 となります。12で割るのは毎月返済(1年=12ヶ月)だからです。

よって、第1回目の総返済額は、
元本返済額55,555円+利息返済額50,000円=105,555円 となります。

第2回目は、利息部分の計算が2000万円から55,555円を差し引いた19,944,445円を元本残高として同じように計算して
19,944,445円×3%÷12=49,861円 となります。元金返済額は変わりませんので、

第2回目の総返済額は、
元本返済額55,555円+利息返済額49,861円=105,416円 となります。

初回より2回目のほうが若干、総返済額が減少しています。このように元金均等返済方式の場合は、返済回数を経るごとに返済金額が減少していくのです。

◆元利均等返済のシュミレーション

前提は上記と同じく、借入額2000万円、返済期間30年(360ヶ月=返済回数)、金利3%、毎月返済のみ(ボーナス併用払いなし)のケースを考えてみます。

まず仮に毎月の返済元本額をX円とします。

第1回目の返済時には借入総額に金利を付けます。
金利は、2000万円×3%÷12=50,000円 となりますので、
借入総額は20,050,000-X円 となります。

第2回目の返済時には20,050,000-X円に対して金利が付きますので、
金利は(20,050,000-X円)×3%÷12から毎月の返済元本額X円を引いた
{(20,050,000-X円)×3%÷12}-X円が第2回目の返済直後の借入金残高となります。

以上の計算式を返済が完了する360回目まで繰り返し、その時点での借入残高が0円になるX値が毎月の返済額となります。

数式で表すと、
借入額×(利率÷1200)÷{1-(1+利率÷1200)-返済回数の乗数} で表せます。

事例を当てはめて計算すると、
keisanjirei-20081026.JPG
となります。よって、第1回目の返済元利金の内訳は、元本部分34,320(=84,320-50,000)円、利息部分50,000円ということになります。

面倒がらずに一度あなたのケースを計算してみてください。


2008/10/25 土曜日 at 15:52:27

先日当日記で取り上げた日経トレンディ11月号の住宅ローン特集記事の中で優位性がある金融機関のひとつに中央労働金庫が挙げられていました。主宰的にも注目先の一つとしてまさに情報収集していたところでした。今回取り上げるのは後講釈的で少々不本意ですが、住宅ローンの利用を検討されていらっしゃる皆さんへの予断なき情報提供の主旨に沿って改めて整理しておきたいと思います。

私の手元に中央労働金庫から取り寄せた「住宅ローンガイド」なるリーフレット(全14ページ)があります。1ページ目の見出しに次のように書かれています。

さまざまな「住」に合わせて選べる<中央ろうきん>住宅ローンがマイホームの夢を応援します。
マイホームのご購入は、ライフステージの中で最も大きなお買い物のひとつ。<中央ろうきん>は充実した住宅ローン商品を通じて、お客様のマイホームライフをしっかりサポートします。

そして、<中央ろうきん>の住宅ローン商品は次の通りです。
roukin-20081022.JPG

住宅ローン、借換・買替ローン、有担保フリーローンは、金庫指定の保証会社の保証付き(裏担保=不動産担保)ローン(以下不動産担保型3ローン)であり、マイホームローンとパッケージローンRingマイホームローンプランは保証付き無担保ローン(以下無担保型2ローン)であります。いずれも金庫指定の保証協会をご利用頂きます、とあります。

不動産担保型3ローンは、商品概要を見る限りでは商品内容に違いは見られず、金利優遇制度の適用も同一です。適用優遇金利によって商品内容に差がみられる金融機関などがあることと比較すると、労金の商品内容はシンプルで借り入れる側からみるとわかり易い内容と言えます。
無担保型2ローンは、いずれもリフォーム、住宅購入関連、借り換えなどを資金使途として用意されたものです。違いは、マイホームローンの融資最高額は1000万円、融資期間最長15年に対して、Ringマイホームプランのそれらは500万円、10年となっていることです。
しかし、決定的な違いはRingマイホームプランの500万円は極度額となっていることです。つまり、無担保極度額貸付の形態という極めて稀な貸付形態の商品ということになります(注)。

(注)極度額貸付は、法人を取引相手として不動産を担保物として根抵当権を設定して行われるのが一般的です。反復して継続的に取り引き(資金の貸付と返済の繰り返し)することを前提に交わされる契約の一つです。住宅ローンの商品の一つにこのような形態のものが用意されていることに主宰的には違和感を感じます。この商品については、もう少し詳しく調査したうえで必要に応じコメントしたいと思いますが、民間金融機関では考えにくい大胆な貸付商品と言えると思いますが、この際この視点から他行の状況も調べた上で改めてレポートすることにします。

話を戻します。各商品の特典として以下のラインナップが用意されています。他の金融機関では大々的に広告しているようなことでもさり気なく当然のように用意されています。労金の懐の深さを感じるようであります。
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次回は、「住宅ローン」を中心に見ていくことにします。


at 15:37:56

10月24日、19時30分からのNHK特報首都圏「住宅ローンが払えない」を見た。

アメリカ発サブプライムローン問題が世界経済を震撼させている中、日本でも住宅ローンが払えず破綻する人が急増している。10年ほど前に景気浮揚策として住宅購入が推奨され、住宅金融公庫(当時=以下公庫、現住宅金融支援機構)が融資条件を大幅に緩和、比較的所得が低い人でもローンが組めるようになったことが指摘されている。将来の賃金上昇を見込んで無理なローンを組んだ人たちが思ったほど収入が増えない。2008年秋、多くが金利上昇となることからさらに増えるという。日本版サブプライムローン問題の実態をリポートした番組でした。

ローカル番組でしたのでご覧になれなかった方々と、残業や花金のお付き合いなどで見ることができなかった方々のために、簡単に紙上再録しておきます(これは決して他人事ではなく、あなたにも起こりうる自分の問題でもあるとの受け止め方が必要なテーマと思います)。番組では、住宅ローン返済に行き詰まり自宅を売却せざるを得なくなった独身Aさんの事例と、金利変動制の住宅ローン契約から見直しのたびに金利引き上げに悩むBさん一家の事例が紹介されていました。

<Aさんの事例>
Aさん(39歳、独身)は、8年前都内のマンションを購入しました。当時の年収は450万円。資金計画は次のようなものでした。
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”当初は払えると思って買った”Aさんでしたが、購入後1年にしてマンション管理費月額11,840円の支払いに窮するようになり、ボーナス時にまとめて払って何とか追いつかせてきました。一昨年(購入から6年目)不況で会社のボーナスはカットされH19年2月以降返済が全くできなくなったのです。やがて公庫(現住宅金融支援機構)から「融資住宅売却のお勧め」なる文書が郵送されてくると、Aさんは”身ぐるみ持っていかれるのではないか”と恐ろしくなったと応えていました。先月、自宅の売却が決まり物件売却希望価格2000万円強に対し、成約は1850万円。売却手数料他を精算して結局450万円のローンが残ったということです。Aさんは自宅に住めなくなった上に借金450万円を今後返済していかなければいけなくなった、ということです。

<Bさんの事例>
Bさん(Bさん、妻、小4の三人家族)は、H13年に3LDKのマンションを頭金100万円とローン1770万円を借りて購入しました。ローンは民間銀行の金利優遇適用後当初2年間2.2%(以後数年ごとに見直し)という”一番安い金利のローンで組んだ”。月々の返済額は67,400円。金利改定の見直し時期が到来して月々の返済額が80,780円(+13,380円/月、+19.8%増)となりました。契約当初から金利見直し時期までに基準金利が1.4%上がり、そのために適用金利が引き上げられました。契約では次回H23年12月27日が金利改定時期に当たります。その時までに基準金利がさらに上がるようであれば返済負担はさらに増します。娘の私立中学受験を考えている両親にはこの先教育費の出費が重なる見込みの中で住宅ローン返済負担の増加が重くのしかかってくる現実に大いに頭を悩ませている、ということです。

コメンテイターとして登場のジャーナリスト山下和之さんは以下のようなコメントを残していました。

―頭金の少ない人や年収の少ない人といった本来なら貸すべきでない人たちにまで住宅政策の緩和・推進から貸し出しが行われていたので今後問題が噴出しないか心配している。
―ボーナス返済併用の人はボーナスでの返済時に行き詰まるケースが多い。サブプライムローン問題の発生が金融危機をもたらし、実体経済への悪影響となって景気が悪くなりボーナスが減ることが予想される。この冬のボーナス返済は乗り切れても、次回に行き詰まってローン破たん者が今後増えるのではないか心配している。
―住宅金融機構が救済策として用意しているメニュー(返済期間の延長=最大15年と元金据置期間の延長=最長3年)は、当面の返済額の軽減という緊急避難策という対症療法にすぎない。
―借り換える際には安心を優先して、少々返済月額が高くなっても金利固定期間の長いものに借り換えるように検討すべきである。
―たとえ都銀で借り換えを断られても地銀、信用金庫ほかをあたってみる。破綻する前に素早く行動することである。
―新規に住宅ローンの借り入れを検討している人へのアドバイスとして、物件選びに目が行きがちだろうが、ローン選びは物件選び以上に重要との認識を持つべきである。


2008/10/24 金曜日 at 13:22:44
Posted by eiji in その他

 大正9年3月、堤康次郎によって箱根土地株式会社(資本金2千万円)が設立され、軽井沢は出張所となった。同社は、千ヶ滝ばかりでなく箱根方面に大きく進出することになった。軽井沢の北、群馬県万座の温泉・湯の花・硫黄の採取権を取得し、軽井沢まで温泉を引こうとした。この計画は実現しなかったが、万座温泉への途中にある天明3年に流出した鬼押出しの奇岩に着目し、前橋営林署へ天然物を保護する意味の申請書を出し、六里ヶ原一帯を買収した。
 千ヶ滝地帯には、夏になると大型の巡回バスを運行して別荘客の便を図った。
 大正10年に入ると、千ヶ滝に観翠楼を建築して営業を始め、湯川発電所の電気が別荘地に点灯されるなど整備された。千ヶ滝から峰の茶屋までの道路も開通した。
 箱根土地株式会社は、軽井沢南部の発地の区有地421町歩の買収を行い(大平地区100町歩は返還)、分譲地造成を進め、12年には、南軽井沢で土地付き別荘の分譲を始めた。古くから地蔵ヶ原と呼ばれ、碓氷峠を越えるための女街道を通るだけの草原と湿地ばかりの土地に開発がおこなわれることになった。広大な土地を利用して、南軽井沢競馬場の建設に続いて、大正14年には南軽井沢飛行場が完成するなど南軽井沢一帯は大変貌を始めた。
 大正12年、千ヶ滝地区上部の見晴らしの良い土地に、木造3階建て(建坪550坪)の近代的な軽井沢グリーンホテルが営業を開始、千ヶ滝事務所から四間道路を開さくした。別荘地の周辺部には、100坪の土地にかやぶきの別荘をたて、500円という低価で分譲を始めた。翌13年には、天然氷の採氷も始めた。また千ヶ滝学院を開設し、沖野岩三郎を園長に迎えて、別荘に滞在する子弟に勉学をすすめ、各種の教育を行った。
 道路建設・バスの運行・電気・水道施設・マーケット・共同浴場と秘書生活に必要な条件が整うと、旧軽井沢周辺の外国人によって開発された別荘地帯とは異なった、新しい階層のための別荘地が軽井沢町全域に広がるようになった。


at 10:08:54

「住宅ローン減税は過去最高のところまで引き上げろ」。追加経済対策に関して麻生首相が指示したと今朝の日経新聞ほかが報道していました。

過去最高とはいったいどの程度の規模なのでしょうか?住宅ローン減税の歴史を辿ってみることにします(グラフ)。
loan-genzei-history-200810241.JPG

バブル崩壊後の苦難の時期に打ち出された総合経済対策(H10.4.24.)で取られた最大控除額587.5万円(最大適用期間15年)がありました。

10年後の今日、同様の住宅ローン減税制度が対策の一つとして取られるにしても、一口で言って”時代背景が大きく異なります”。はたして効果の程はいかがなものか?大いに気になります。


2008/10/23 木曜日 at 9:58:24

昨日、住宅金融支援機構本店のすまい・るホールにて開催された表記セミナーに出席しました。

H17年から住宅ローンアドバイザーの養成講座を始めた主催者財団法人住宅金融普及協会が講座開設3年目を一つの節目として初めて開いた住宅ローンアドバイザー向けのセミナーでした。

講演は3題。それぞれ特色ある内容で有意義でした。1講演あたりの割り当て時間が短かった(3題で計1時間45分)ので内容が概括的で、質問タイムもなかったなど私的には少々消化不良、といったところです。

主催者の事前準備のご苦労の多さは十分承知しますが、今回を第1回として是非とも今後継続的に定期開催していって欲しいものです。このことが住宅ローンアドバイザーの周知度向上、育成数増加に必ずつながっていくものと考えます。関係者のご努力を期待したいものです。

<住宅ローンアドバイザーセミナー次第>

主催者挨拶・・・(財)住宅金融普及協会会長 浅野間 一夫
第1部 住宅ローンアドバイザーキャッチコピー表彰式
第2部 講演
 ①「住宅ローンアドバイザーに求められること」・・・深田 晶恵(生活設計塾クルー取締役、CFP)
 ②「最近の住宅行政の動向等について」・・・石田 優(国土交通省住宅局住宅企画官)
 ③「サブプライム問題と日本」・・・倉橋 透(獨協大学経済学部教授)


2008/10/20 月曜日 at 11:07:03
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 大正7年(1918)、堤康次郎は沓掛区有地の約60万坪を買収し、千ヶ滝の開発に着手した。それまで、旧軽井沢周辺に分布していた別荘は離山を越えて西に拡大し、全町別荘時代への幕開けとなった。
 堤康次郎は、早稲田大学を卒業後、野沢原の大隈別荘を訪れていたが、野沢源次郎の開発と大型別荘がつぎつぎに建設されていく様子を目の当たりに見て、別荘地開発への構想をもった。大正の初期には旧軽井沢の周辺に外国人を中心とする避暑別荘が点々とつくられ、その西部一帯は野沢源次郎によって新しい別荘地の造成が行われていた。堤は永井柳太郎らの助言を得て、離山の西に広がる沓掛区有地の広大な落葉松林に着目した。
 大正4年の夏、堤の買収申し入れによって沓掛部落の意見は分かれた。獅子岩と坂下地籍一帯は古くからの入会地であり、馬草や水田へ入れる緑肥の草刈り場として、また一年間の薪の供給地としても住民の生活に欠くことのできない土地であった。
 「山林約百八十町歩余、金参万円也にて、三人が会社を組織し(土地を買収)沓掛発展策として別荘ならびに、スケート場、製氷業を開始し、開堰を利用し水力発電を起こし、電車によって避暑客の乗用諸運輸業の経営をなす目的にて区有地購入いたしたいと申し入れがあり、原案にて沓掛区の有力者を招集申し上げ候」の提案によって、区の有力者たちは協議し、村長の指名による二十名の詮衡委員を選んで審議したが、堤康次郎の提案した原案には賛成できないという意見もあった。しかし、結局は沓掛区発展のために区有地の一部を残して売り渡すことにし、区民総会を開いてつぎのような決議をした。
一、区有地獅子岩・坂下を別荘地解放目的にて金参万円にて売り渡す
一、売り渡し交渉成立の上は、契約手付金若干金受け取ること
一、所有権移転は、最低限度二ヶ年とし、二ヶ年間に相当の設備をなし、別荘五十戸以上建設なしたる時移転すること
一、もし、二ヶ年経過するも設備なさざるなど、等閑に付するときは、本契約は無効とし、手付金は返さざること
一、前記の事実を遂行するに付、当事者と区は円満協議し、ともに便宜を与うること

こうして千ヶ滝地区の売々契約が成立したのは、大正6年12月23日であった。区有地の東部を残して獅子岩・坂下地籍を売り渡すことによって、根づよく残っていた反対の意見をおさえることはできた。しかし条文に見られるように、沓掛区民の中には、書生として軽井沢を訪れていた若い堤康次郎によって、野沢原のような開発が行われるのか危惧の念を持つ人が多かった。
 堤は、まず沓掛駅と千ヶ滝間に定期馬車を運行した。翌大正7年千ヶ滝遊園地株式会社(資本金25万円、社長藤田謙一)を設立して、水道敷設工事に着手し、共同浴場、千ヶ滝クラブの建設をはじめ、貸別荘や個人別荘の建築に当たった。水道管は六尺の松の丸太をくりぬいたものをつなぎ、道路の十字路ごとに直径六尺の桶を地面にうめて水をため、各別荘へは手桶にて運んだという。浴場は、大理石でつくられた共同風呂と家族風呂があり、薪によってわかした。
 大正8年(1919)千ヶ滝~沓掛間の道路(旧草津街道)の回収に着手し、千ヶ滝マーケットの建築を始め、湯川第一発電所を建設して別荘に送電、この年から別荘の分譲を始めた。
 工事は、道路・水道・電話・発電所など、西は旧草津街道から東は湯川までの間、南は御影用水から北は国有林までの広い地域にわたって一斉に行われた。多い日には600人もの人夫が集まり、七つの作業班にわかれて能率的に進められた。