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軽井沢日記TOP » 23. 8月 2008
2008/8/23 土曜日 at 13:55:42

先日、日経新聞に「省エネ・200年住宅・2世帯向け ローン減税 新設」なる記事を目にしました。住宅ローン減税については、現行制度が今年度で終了すること、足もとの景気対策の一環として存続を図りたいとの狙いが当局にはあるような視点から書かれたものが2週間ほど前にも掲載されていました。目先の人気取り政策として住宅ローン減税を考えるとしたら本旨に非ずと考えます。

住宅ローン減税措置は、本来的には景気対策といった目先の需要喚起策的発想でとらえるものではなく、長期的な発想のもと国民の資産形成に真に資するものでなければならない、との思いが私には強くあります。今回は、景気対策的視点は一応影が薄れてはいますが、本音のところはまだよく見えてきません。しかし、省エネにしろ200年住宅にしろ(2世帯向けを同列に議論するのは無理なような気がしますが)重要な政策課題であり、”当面”を乗り切ればいいテーマではない筈です。

従来の住宅ローン減税の視点は、新築住宅取得者向けの所得税減税でありました。住宅の規模と住宅ローンの借入額と年収などが決定要因でした。減税を享受できるのが当初購入者だけに限って適用されてきました。省エネは、新築時のみならずたとえそれが中古市場に出た場合でも省エネ住宅としての機能を装備しているものです。減税の適用に当たっては中古取得者にもその権利が及ぶような税適用体系を考え出していただきたいものです。200年住宅については尚更この点は明確です。住宅戸数は、世帯数との関係からみると充足されたと見られる水準にあります。

従って、今回の住宅ローン減税は、今後の我が国の住文化を変革するくらいの気概を持って考え出してほしいものです。卑しくも重箱の隅をつつく様な場当たり的な減税措置にならないよう優秀な関係者が知恵を出し合っていただきたいものです。


at 10:53:58

「第三世代の住問題」とタイトルにしたのは、以下の理由からです。学校を卒業するまでが第一の世代、サラリーマン生活を卒業するまでが第二、その後の人生が第三ステージと捉えているからです。敢えて第三世代としたのは、団塊世代と呼ぶには対象が限られ的確でない、老後と呼ぶには言葉の響きに躍動感なく適当でない等からこう呼ぶことにしました。

第三世代の住問題は、主宰には大きなテーマの一つです。私が第三世代に入って一年が経ちます。改めてこのテーマを考えてみたいと思います。不定期シリーズですが今後とも取り上げて参ります。第1回目はケーススタディわたくしの場合です。

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 人生の第三世代の拠点を軽井沢した理由は、こちらに既に書きました。舌足らずな部分があったので補足的に記すことからシリーズを始めることにします。

最近、第三世代の住問題に関する様々な考えを耳にし目にします。それは価値観が多様化し様々なライフスタイルが表現されるようになってきたから、と私は受け止めています。こうした生き方を支えていることの一つに、長寿化があると思います。人生に対する挑戦年齢がどんどんと先送り(=高齢化)されてきているということです。

言い換えれば、イキイキと人生を楽しむためには社会と一体化した中で自分の存在感を確かめながら第三世代を生きていきたいとの思いが強くなってきているからではないでしょうか。老後という言葉の持つ一種人生の終末期的な響き、社会の裾野に追いやられた響きに対する声が大きくなってきていると受け止めなければならないと思っています。
 
 私たちは、現役終了後の生活拠点として都内23区にマンションを確保しています。都心近くにありながら庭先が四季を楽しめる大きな樹木に覆われ、他人の眼を全く気にすることなく暮らせるという意味では贅沢過ぎるところです。年寄り二人が暮らすには十分な広さと思っています。交通の利便性はよく、周囲の住環境は、静かで申し分ありません。不満を言ったら罰が当たる、そう思ったりさえしています。

唯一の不満は、固定資産税が高いことです。至便性とコストは比例関係にあるのでしょうか。そのコストは僅かな年金収入の相当部分を占めそうな水準です。不満のない現在の住処は、非生産的な第三の人生を送るには勿体ない、と考えるようにもなったのです。第三世代が都市部に住むのは高コスト構造になり、文化的な最低限の生活水準を維持するには居心地が良いとは言えない、と思うようになったのです。衣食住のうち住コストが高いところは食コストも得てして高くつく、と言わざるを得ないようです。もっと住生活コストを安くしたい、これからの第三世代人生を楽しむベターな場所ということで探し始め、辿り着いたのが「軽井沢・追分」だったのです(なぜ軽井沢・追分だったのかはこちら)。

追分にはもちろん定住可能なインフラを整備しました。定住するにあたってのすべての条件が未だ整いませんので今は週日東京、週末追分の生活です。いずれ定住の時が来た時には都心のマンションの取扱いが問題になります。固定資産税が高い物件は収益捻出可能物件と考えますので、賃貸物件化なりが可能でしょうし、場合によっては売却するなりが可能と睨んでいます。急いで決める必要はないので状況を冷静に見て決めていこうと考えています。

今の生活を始めて僅か1年に過ぎません。追分では予想を超えて周囲の人たちとの新たなご近所付き合いも始まりました。サラリーマン時代では考えられなかった人たちとのワクワクするような出会いでもあります。お付き合いしている皆さんに共通して言えることは、人生をとても楽しんでいらっしゃる、ということです。私たちの人生がこの先どれ位あるのか分かりませんが、他人の手を煩わせることなく住めて、思考能力、判断能力に問題ないと自覚できるうちは年齢に関係なく溌剌と人生に挑戦し続けたいと考え、その舞台を追分に設定したのです。どうやらそこには似たような考えを持った人々が自然に集まってきていたのです。