S君とのランチタイム。昨日渋谷で。前回は昨年11月御茶ノ水の山の上のホテルだった。お互い現役時代は、3ヵ月毎の金曜日夜に自由が丘のイタ飯屋が定番だった。さすがに最近は出不精になり、昼歓迎となった。私と軽井沢との出会いのルーツを辿ると、S君たちと始めたゼミがきっかけ。大学2年のときと記憶するので、丁度40年前のこと。向学心に燃え(?)自発的に結成したゼミ。親睦をかね集中的に勉強しようと集まったのが大学の軽井沢寮(追分文化村の一角)だった。(注)
S君は、大手百貨店を定年退職。悠々自適の生活を満喫している。スポーツクラブで健康保持に努める一方、好きな演劇・歌舞伎鑑賞、奥さんとの温泉めぐりなど多忙な毎日のようだ。
一年前からカルチャー教室に通い古文に取り組んでいる。昨日も午前中勉強してきたといってテキストを見せてくれたが、小生には一番苦手なところ。残念ながら小生の関心度は今ひとつ盛り上がらず。
次回は、想い出の軽井沢でランチタイムといきたい。
(2008年8月21日追記)
(注)別件でフリー百科事典「Wikipedia」から成城大学を見ていましたら次の行が掲載されていました。
―90年代後半まで「軽井沢セミナー」(軽セミ)」と呼ばれるサークルのような自主ゼミが毎夏運営されていた。毎年、有志が執行部を組織し、ゼミ参加者を募る。1ゼミ10人前後で複数ゼミを作り、それぞれのゼミで講師の先生(大学の教授、助教授、講師)に講義を依頼して、夏休みに軽井沢にある成城大学の施設「白樺荘」で合宿形式のゼミを行った。完全な学生の自主性によるゼミであり、学部の別も問わなかった。
ここまで紹介されると小生の記憶と少し異なり「そうだったかな?」と自信がなくなるが、このゼミを創始したのは我々だった、というのが私の記憶であったが。上記によれば20年近く続いたようだ(これは知らなかった)。機会があれば記憶違いを修正しておきたいと思う。
蛇足気味だが、ゼミの開催場所となった白樺荘だが最近行ってみた。門にはロープが張られ使用されていないように見受けられた。寂しくも時の流れを感じた。

