~株式会社エフスタイル軽井沢。パイン家具、ソファ、ホーロー、住宅ローンソリューションズのご提案~

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2008/11/29 土曜日 at 21:28:53

海外ロングステイ・国内デュアルライフフェア2008(主催:財団法人ロングステイ財団、日本経済新聞社 後援:経済産業省、国土交通省、総務省、農林水産省、日本旅行業協会)が東京ビッグサイトで開催されました。僅か一日だけの開催。いくつかのセミナーが予定されていて事前に希望者を募っていましたのでいくつか応募していたのですが、OKが出たのは一つだけ。それも午後4時からとセミナー時間帯の最終回のものという結果から、反響の大きさをある程度事前に感じてはいました。実際、会場を訪問してみて吃驚!!会場は、シニア層の二人連れを中心に、中には若い人もいましたが、大勢の人たちで混雑していました。狭い会場(ビッグサイト会議棟)ではありましたが、出展各ブースの椅子は質問者で埋まっていましたし、立って説明を聞く人もいて場内を歩くのも一苦労といった状況でした。

私は、国内デュアルライフの実践者の一人としてフェアは大いに関心あるテーマですし、住宅ローンアドバイザーとしての機能発揮のための情報収集も兼ねていました。が、会場の熱気の凄さに圧倒された感じでありました。改めて関心の高さを再認識した次第です。


2008/10/29 水曜日 at 10:46:30

追加経済対策の首相指示の一つに住宅ローン減税を過去最大に、はこちらで触れたところです。

今朝の報道によれば、税額控除の上限を最大600万円程度、対象となる借入金の上限を5千万~6千万円で調整する方針であり、控除期間や控除率は検討中だが、それぞれ10年、1%前後が有力。今回の減税は景気テコ入れのため制度の期限を2~3年とする公算が大きい。とありました。

サブプライムローン問題に端を発した世界同時金融危機はにわかに鎮まりそうになく、日を追うごとに事態が一層悪化していくようで不気味な感じさえします。100年に一度の危機などと言われています。全世界の誰もが経験したことのない事態が進行中ということではないでしょうか。経済金融理論なり、マーケット指標なり、過去の経験値なりが役に立たなくなってしまっているのです。

景気指標は先行き暗雲が立ち込め実態経済への波及が不可避であるシグナルを発しています。グローバルに、ハイスピードで、同時に、そして例外なく(先進国、新興国の区別なく)、がキーワードのグローバル・ファイナンシャル・クライシスです。

麻生首相が追加経済対策を指示してから未だほんの1週間程度しか経過していませんが、この間でさえ我が国の経済金融環境は大きく変化しています。その変化のスピードと打ち出される対策を見ると(過去の経験をベースに見ていると)尋常ではありません。たとえば、金融機能強化法の公的資金枠2兆円を10兆円に拡大するという政策一つにしてもあっという間の出来事になりそうです。

冒頭のように、住宅ローン減税の「最大に」の姿が見えてきましたが、本当に必要なのは国民が住宅を取得しようという将来に明るい展望が描け、前向きの気持ちがもてる過去にとらわれない非常事態宣言的政策支援くらいのことが打ち出されないと効果が期待できないのではないでしょうか。足元の経済は、わが国も世界同時金融危機の影響の中にあることが明確です。輸出主導型産業界へは急激な円高なども加わって先行き更なる減速化は否めません。企業業績の悪化、雇用情勢のさらなる悪化、賃金抑制など住宅取得希望者にとってはネガティブ要素ばかり。住宅を買おうという気がなかなかわいてこないように思えてなりません。


2008/10/14 火曜日 at 11:03:49
Posted by eiji in 雑記, その他

新型インフルエンザが流行した場合、3200万人が発症し、64万人が死亡することもあり得る、と厚生労働省が想定していることをニュースなどで耳にしたことは一度や2度ではないと思う。

新型インフルエンザって何?改めて問われれば返答に窮する。毎年流行を繰り返すインフルエンザ。そのウイルスは少しずつ変化し、人が持っている免疫から外れるような形に変えてきた。だが、インフルエンザウイルスは突然変異によって、大きく変えて人間の前に現れることがある。今までになかったタイプに変異するため、まったく免疫を持たない人の世界に広まると、世界的な大流行を引き起こす。これが、新型インフルエンザである。

厚生労働省の想定値が現実社会に降りかかってくると社会的混乱を招くことは勿論のこと、米国発の金融危機に揺さぶられている実体経済にも深刻な影響を与えかねない。この新型インフルエンザの影響や、大流行に備えて企業が散るべき対応策について、厚生労働省の新型インフルエンザ専門家会議の議長を務める岡部信彦氏(国立感染研究所感染症情報センター長)のインタビューがNBonline2008年10月14日号に登載されている

いざという時に慌てることが少しでのないように心から願いつつ、私も私の問題として改めて向き合っておくことにします。


2008/9/8 月曜日 at 15:24:59

第三世代の住問題の4回目は、予定を変更して急遽「第三世代人こそ2地域居住を」取り上げることにします。

以前ここでも取り上げた日経月曜版5面のインタビュー領空侵犯の本日付けに著述家本田直之氏が取り上げられていた。8月のある日のNHKラジオインタビューにも出演していたのを何気なく聞いていた時にわたくしは初めて本田氏を知ったのだが。

その時はインタビュアーが本田氏の著書「レバレッジ勉強法」「レバレッジ人材法」を事前学習した線で話し合いが進められていたくらいの印象でしかなかった。そして、わたくしにとってはレバレッジの言葉の持つ印象が、かつての仕事柄借金至上主義を連想させ、同氏に対する印象は決して好意的なものではなかったのである。

ところが領空侵犯を読んで印象は一変した。応えている内容は、まさしくわたくしが現在進行形で実践しているデュアルライフスタイルの先駆者的存在としての発言であり、机上の空論でないところが引きつけられるところでもあるのです。

―都市と地方の両方に生活の拠点を持つ「二地域居住」を提唱しているとか。で始まったインタビュー。本田氏はこう応えています。
「私自身、四年前から一定期間ハワイで暮らす生活を始め、今は年間の半分以上を過ごします。東京が本宅、ハワイは別荘というのではなく、どちらも生活拠点です。ハワイでもパソコンや携帯電話を使って仕事をし、趣味のサーフィンや現地の人たちとの付き合いを楽しんでいます」

わたくしの場合は、東京新宿がファーストハウス、軽井沢がサブ・ファーストハウス。どちらも生活拠点です。東京は週日中心、軽井沢は週末中心です。8月は3週間ほどずっと軽井沢でした。その間、仕事先を訪問したり、情報収集のために企業訪問したり図書館通いしたり、また追分会と称する学者・文士などの別荘族の集会にも参加したり(かつての大学者と机を並べて集会に聞き入ったりしました)と、今までの人生では出会ったことがない、また二地域居住を実行しなかったら知り得なかった別の世界に足をどんどん踏み入れています。ワクワクする新たな挑戦の日々でもあります。今月は下旬にお客様をお迎えすることもあり(往復の交通費節約もあり)、半分は軽井沢の計画です。

―二地域居住の効用は。
「視野が広がることです。地方では都会の仕事の話をしてもだれも聞いてくれません。その地で通用する話題に加わろうとすれば、必然的に視野が広がります。都市と地方ではルールや文化、価値観が違うので、思考が柔軟になり、物事の本質や自分にとって大切なことに気付きやすくなります。また、都会の仕事で疲れても、地方の生活を知っていれば心に余裕を持つことができます。

本田氏とはここが少し違います。地方では都会の仕事の話をしてもだれも聞いてくれないと話していますが、これは同氏の仕事の領域の問題が影響しているのはないか。わたくしは、軽井沢でも東京でも仕事を共有でき、共通的に話が通ずる世界を作りたいと思って進めています(まだ始めて一年ほどですから軌道には乗っておりませんがね)。

―とはいえ、一般の勤め人には難しいのでは。
「二地域居住は決して『ぜいたく』ではありません。欧米では都市と田園の両方に拠点を持つ生活スタイルが1990年以降、急速に普及しました。スウェーデンでは、知人からの賃借も含めて国民の約半数がセカンドホームを利用しています。私が90年代に留学していた米アリゾナ州にも、冬は温暖な同地で暮らし、夏は涼しいコロラド州のセカンドハウスで過ごす市民が大勢いました」

―団塊の世代などを念頭に、国土交通省が二地域居住を推進しています。
「現役を退いた人なら地方にも拠点を持ち、二地域居住をしやすいのは確かでしょう。ただ私は現役の人にこそ関心を持ってほしいと思います。二地域居住どころか、今住んでいる地域の中にさえ居場所のない男性が多いと思いますが、挑戦してみると人生には多くの選択肢があることが見えてきます」
「これからは仕事も生活も自分で選択し、人生をサバイバルする時代です。そのためには、自分らしいライフスタイルを自分で築かねばなりません。現役世代なら週末や休暇をセカンドハウスで過ごし、仕事以外の世界を見つけることから始めるのも手ではないでしょうか」

わたくしはちょうど一年前に37年続けたサラリーマン生活にピリオドを打ちました。現役を退いたグループに入れられるのでしょうが、わたくしは敢えて第二の現役として位置づけその中間のポジションにあると意識しています。

ここでは学校を卒業するまでを第一世代、サラリーマン卒業までが第二世代、その後が第三世代と位置づけ、第三世代人の住問題を多面的に見ていこうとこのシリーズを始めました。第三世代になったから人生の黄昏期と思った瞬間から老いが加速するとわたくしは思っているので、気持ちだけは貴重な人生への挑戦期と強く意識しているのです。第三世代人こそ二地域居住を。お勧めです。


2008/8/25 月曜日 at 9:08:48

第三世代の住問題としたのは、以下の理由からです。学校卒業までが第一世代、サラリーマン卒業までが第二世代、その後の人生が第三ステージと捉えているからです。敢えて第三世代と呼ぶのは、団塊世代と呼ぶには対象が限られ的確でない、老後と呼ぶには言葉の響きに躍動感がなく適当でない等からこう呼ぶことにしました。

シリーズの3回目は、ジャーナリスト蟹瀬誠一さんのケーススタディです。8月1日付日経新聞26面の全面広告「豊かな住生活に貢献する住宅産業」から転載して紹介することにします。

自分らしい住まいをカタチにしてみたくなった
 僕(蟹瀬さん)はもともと家を所有することには魅力を感じていませんでした。不動産というくらいですから、所有すると自由に動けなくなってしまう。仕事の上でも何か新しいことに挑戦したくなった時、自由に拠点を構えられる気ままな賃貸暮らしを手放すつもりはありませんでした。
 しかし五十代も半ばを過ぎるころから、そろそろ自分自身が落ち着ける場所が欲しいと考えるようになりました。そんな時、米国の経済学者の書いた本の中で人生における四つの資産という考え方に出合って、本格的に家を持つことを考えるようになりました。(略) もし自分に所得がなくなっても、とりあえず家さえあれば寝る場所は確保できる、そんな安心感が欲しくなりました。そしてそれ以上に、借りものではない本当に自分らしい住まいを形にしてみたくなったのです。

 ヨーロッパなどに度々取材に出かけますが、北欧やロシアではごく普通の人がウイークエンドハウスを郊外に持っていて、週末になると都会を離れて自然に親しんでいる。また都市自体にも緑が多く、自然との共生を考えて造られている。東京に帰ってくると、まさに都市機能だけの街。自然との触れあいの大事さを痛感するようになってきました。
 とはいえ、僕は田舎暮らしをしたいわけではありません。田園都市というか、自然に親しみながらも都市の利便性も享受できる、そんな場所が理想でした。
 かつて田園都市構想によって整備された街もありましたが、今は都会の中にのみ込まれています。二十一世紀の田園都市はどこだろうと探してみて、出合ったのが軽井沢です。
 ご存じのように軽井沢は新幹線、高速道路も整備され交通アクセスが非常に良い。都心から一時間の通勤圏内にあります。その上、素敵なホテルやおいしいレストランもあり、都市的なアメニティも充実しています。住んでいる方々も多士済々で個性に富んだコミュニティが形成されています。
 そして何よりも自然がすばらしい。鳥のさえずりとか森の彩りの移り変わりなどがごく身近に感じられる。軽井沢に住むまでは木の芽が出てきたというだけで感動するようなことはなかったですね。(略)

家は価値観表現の場 生きざまや経験が表れる
家というのは無論生きていく上での拠点ですが、自分の価値観を表現する場とも思います。その人の生きざまとか物の考え方が家には表れるのです。僕の場合は自然との共生と、要らないものは省いていくというシンプルスタイル。都会ではなかなか理想の実現は難しかったのですが、軽井沢ではとことんこだわりました。(略)

 この軽井沢の住まいは別荘ではありません。こちらでも仕事をしていますし、まもなく住民票も移して本格的に地域コミュニティの一員としての暮らしが始まります。冗談で町長にならないかとも言われました(笑い)。一方で、都心のオフィス兼住居もそのままにしています。東京と軽井沢を行ったりきたりしているわけですが、やりたいことがたくさんあって大いに忙しいですね。
 人生を一本の線にして描いてみてくださいとお願いすると、多くの方は放物線を描かれます。生まれてから壮年期を迎えるまで上昇し、あとは人生のたそがれに向かってなだらかに下降していく線です。でも僕の周りの元気なシニアに描いてもらうと、みな右肩上がりの直線ばかり。つまりしぬ時が人生のピークというわけす。僕もそうありたいと願っています。
 今実践しているこの東京と軽井沢の暮らしも、そんなアクティブな人生を実現するための僕なりの方法です。もちろんすべての人に当てはまるものではありませんが、日本人の価値観が多様化して、ライフスタイルもさまざまになっている現在、人生の器である住まいや暮らし方が多様化していくのは当たり前のことです。

第三世代の住問題(1)ケーススタディわたくしの場合はこちら
第三世代の住問題(2)紀平正幸氏のコラムからはこちら


2008/8/24 日曜日 at 13:25:36

 第三世代の住問題としたのは、以下の理由からです。学校卒業までが第一世代、サラリーマン卒業までが第二世代、その後の人生が第三ステージと捉えているからです。敢えて第三世代としたのは、団塊世代と呼ぶには対象が限られ的確でない。老後と呼ぶには言葉の響きに躍動感がなく適当でない等からこう呼ぶことにしました。

シリーズ「第三世代の住問題」を考えるの2回目は、私が一方的に師と尊敬する紀平正幸氏のコラムから引用させていただいたものを紹介することにします。紀平さんとの出会いについてはこちらに記してありますが、私が住宅ローンアドバイザーを真剣に考えるきっかけを提供してくださった、と私の中では思っている方です。 某氏の紹介を得て千代田区麹町の事務所に紀平さんを訪ねたのは2007年11月末のこと。一時間足らずの面会でしたが、人柄、発想、行動、私の想像通りの方との印象を強く抱きました。それを契機に一層大きな関心を持つことになりました。余談ですが、帰宅後興奮を抑えられず妻に紀平さんとの面談を話しました。「良かったですね」との反応。その時は二人の会話がそれ以上発展することはなかったのですが、その後の日常生活の中で紀平さんの記事を見つけると、「先生のお書きになった記事が出ていますよ」と妻が教えてくれる。そんな紀平氏のコラムに私が共感できる考えに基づく行がありましたので、事前承諾はいただいておりませんが転載させていただくことにします。コラムは、同氏が主宰する東京FPコンサルティング㈱のHPの中のウイークリーコラム欄に3回にわたって書かれた「マイホーム 購入と賃貸の選択」にあります。以下その3回目から転載します。マイホームから老後資金をつくりだす
今後も公的年金の受給開始時期が遅くなり、受給額も削られるため年金収入だけでは老後資金が不足します。このコラムの3月8日掲載の『成熟時代の老後資金の考え方』で試算しているように、現在40代のサラリーマン世帯では年金収入で不足する老後資金は約3000万円になります。
労務行政研究所「退職金・年金事情2005年版」によると、大学卒の60歳退職金は平均2400万円となっています。したがって、不足分を退職時までに準備するか、60歳以降も働くなどして収入を得ることが必要となっています。
そこで、この老後資金の確保の一つの方法として、マイホームというストックを老後資金というフローに換えることを考えてみてはいかがでしょうか。つまり、子育てに使った広いスペースの住まいから、夫婦二人の生活にあったスペースに住み替えるのです。住み替えには、いくつか選択肢があります。それぞれについて、活用方法などを考えてみましょう。
売って買う
1つ目は、今までの住まいを売却して、中古の住まいに買換えてその差額の資金を老後資金にします。子育てをしてきた広い住まいは、老後の二人のためには広すぎるし、高齢者が住むためにはバリアフリー化のためのリフォームが必要になってきます。たとえば築30年程度の3LDKのマンションを売却して、売却代金の中から築10年程度の中古マンションに買い換えれば、高齢者になっても使える設備や使用の間取りを選ぶことも可能です。

売って借りる
2つ目は、今までの住まいを売却して、老後は賃貸住宅に住み替え、売却資金を住まいの家賃と老後資金に充てる方法です。従来、高齢者は家賃の不払いや病気、事故などの理由から入居が敬遠されがちでした。しかし2001年の「高齢者の居住の安定確保に関する法律」が施行されてから、高齢者の住まい環境は大きく改善されています。
たとえば、財団法人高齢者住宅財団(http://www.koujuuzai.or.jp/)では、高齢者が入居可能な賃貸住宅の情報を提供しています。これは「高齢者円滑入居賃貸住宅」の登録・閲覧制度といい、全国の60歳以上の高齢者の入居を拒まない賃貸住宅をHP上などで閲覧できるようにしている制度です。

貸して借りる
3つ目は、今までの住まいを貸して、自分たちは夫婦の暮らしにあった小さな賃貸住宅に住み替える方法です。貸す広い住まいの賃料収入と、借りる狭い住まいの支払い賃料との差が老後資金の足しになります。
定年を過ぎても、しばらくは終の棲家を決める気にはなかなかならないものです。しばらくは田舎暮らしや、都会暮らし、海外でのロングステイなど自由な時間を楽しみ、70歳になる頃には、そろそろ終の棲家も決まってくることでしょう。
子育てをした懐かしい我が家に戻ってもいいし、体調が心配なら住まいを売却して施設に入るのもよいでしょう。
こうして、購入したマイホームを活用することも考えてみてはいかがでしょうか。

第三世代の住問題(1)ケーススタディわたくしの場合はこちら


2008/8/23 土曜日 at 13:55:42

先日、日経新聞に「省エネ・200年住宅・2世帯向け ローン減税 新設」なる記事を目にしました。住宅ローン減税については、現行制度が今年度で終了すること、足もとの景気対策の一環として存続を図りたいとの狙いが当局にはあるような視点から書かれたものが2週間ほど前にも掲載されていました。目先の人気取り政策として住宅ローン減税を考えるとしたら本旨に非ずと考えます。

住宅ローン減税措置は、本来的には景気対策といった目先の需要喚起策的発想でとらえるものではなく、長期的な発想のもと国民の資産形成に真に資するものでなければならない、との思いが私には強くあります。今回は、景気対策的視点は一応影が薄れてはいますが、本音のところはまだよく見えてきません。しかし、省エネにしろ200年住宅にしろ(2世帯向けを同列に議論するのは無理なような気がしますが)重要な政策課題であり、”当面”を乗り切ればいいテーマではない筈です。

従来の住宅ローン減税の視点は、新築住宅取得者向けの所得税減税でありました。住宅の規模と住宅ローンの借入額と年収などが決定要因でした。減税を享受できるのが当初購入者だけに限って適用されてきました。省エネは、新築時のみならずたとえそれが中古市場に出た場合でも省エネ住宅としての機能を装備しているものです。減税の適用に当たっては中古取得者にもその権利が及ぶような税適用体系を考え出していただきたいものです。200年住宅については尚更この点は明確です。住宅戸数は、世帯数との関係からみると充足されたと見られる水準にあります。

従って、今回の住宅ローン減税は、今後の我が国の住文化を変革するくらいの気概を持って考え出してほしいものです。卑しくも重箱の隅をつつく様な場当たり的な減税措置にならないよう優秀な関係者が知恵を出し合っていただきたいものです。


at 10:53:58

「第三世代の住問題」とタイトルにしたのは、以下の理由からです。学校を卒業するまでが第一の世代、サラリーマン生活を卒業するまでが第二、その後の人生が第三ステージと捉えているからです。敢えて第三世代としたのは、団塊世代と呼ぶには対象が限られ的確でない、老後と呼ぶには言葉の響きに躍動感なく適当でない等からこう呼ぶことにしました。

第三世代の住問題は、主宰には大きなテーマの一つです。私が第三世代に入って一年が経ちます。改めてこのテーマを考えてみたいと思います。不定期シリーズですが今後とも取り上げて参ります。第1回目はケーススタディわたくしの場合です。

   ◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆  ◇◆

 人生の第三世代の拠点を軽井沢した理由は、こちらに既に書きました。舌足らずな部分があったので補足的に記すことからシリーズを始めることにします。

最近、第三世代の住問題に関する様々な考えを耳にし目にします。それは価値観が多様化し様々なライフスタイルが表現されるようになってきたから、と私は受け止めています。こうした生き方を支えていることの一つに、長寿化があると思います。人生に対する挑戦年齢がどんどんと先送り(=高齢化)されてきているということです。

言い換えれば、イキイキと人生を楽しむためには社会と一体化した中で自分の存在感を確かめながら第三世代を生きていきたいとの思いが強くなってきているからではないでしょうか。老後という言葉の持つ一種人生の終末期的な響き、社会の裾野に追いやられた響きに対する声が大きくなってきていると受け止めなければならないと思っています。
 
 私たちは、現役終了後の生活拠点として都内23区にマンションを確保しています。都心近くにありながら庭先が四季を楽しめる大きな樹木に覆われ、他人の眼を全く気にすることなく暮らせるという意味では贅沢過ぎるところです。年寄り二人が暮らすには十分な広さと思っています。交通の利便性はよく、周囲の住環境は、静かで申し分ありません。不満を言ったら罰が当たる、そう思ったりさえしています。

唯一の不満は、固定資産税が高いことです。至便性とコストは比例関係にあるのでしょうか。そのコストは僅かな年金収入の相当部分を占めそうな水準です。不満のない現在の住処は、非生産的な第三の人生を送るには勿体ない、と考えるようにもなったのです。第三世代が都市部に住むのは高コスト構造になり、文化的な最低限の生活水準を維持するには居心地が良いとは言えない、と思うようになったのです。衣食住のうち住コストが高いところは食コストも得てして高くつく、と言わざるを得ないようです。もっと住生活コストを安くしたい、これからの第三世代人生を楽しむベターな場所ということで探し始め、辿り着いたのが「軽井沢・追分」だったのです(なぜ軽井沢・追分だったのかはこちら)。

追分にはもちろん定住可能なインフラを整備しました。定住するにあたってのすべての条件が未だ整いませんので今は週日東京、週末追分の生活です。いずれ定住の時が来た時には都心のマンションの取扱いが問題になります。固定資産税が高い物件は収益捻出可能物件と考えますので、賃貸物件化なりが可能でしょうし、場合によっては売却するなりが可能と睨んでいます。急いで決める必要はないので状況を冷静に見て決めていこうと考えています。

今の生活を始めて僅か1年に過ぎません。追分では予想を超えて周囲の人たちとの新たなご近所付き合いも始まりました。サラリーマン時代では考えられなかった人たちとのワクワクするような出会いでもあります。お付き合いしている皆さんに共通して言えることは、人生をとても楽しんでいらっしゃる、ということです。私たちの人生がこの先どれ位あるのか分かりませんが、他人の手を煩わせることなく住めて、思考能力、判断能力に問題ないと自覚できるうちは年齢に関係なく溌剌と人生に挑戦し続けたいと考え、その舞台を追分に設定したのです。どうやらそこには似たような考えを持った人々が自然に集まってきていたのです。


2008/8/20 水曜日 at 20:50:07
Posted by eiji in 雑記, その他

先日総務省からH20年度普通交付税の算定結果が公表されました。国が地方公共団体の財源の偏在を調整する財政制度の一つで、一般的な財政需要に対する普通交付税のほかに個別・緊急の財政需要(地震、台風との自然災害による被害など)に対する財源不足見合い額が交付される特別交付税があるのは周知のとおりです。この普通交付税の算定結果ですから、交付される団体(団体と呼ぶのはスッと入ってきませんが)もあれば交付されない団体もあります。全国には47都道府県1788市町村(4/1現在)がありますが、大半は交付団体。都道府県レベルの不交付団体は東京都と愛知県、市町村レベルでは、177市町村あり、不交付団体の市町村を持たない都道府県は石川県と山口県と公表されていました。軽井沢町はというと、長野県に81ある市町村のうち2つの不交付団体の一つです(もう一つは南相木村です)。昭和49年度から35年連続の不交付団体とYOMIURI ONLINEに掲載されていました。普通交付税の根拠法たる地方交付税法は昭和25年に制定されていますので、今年で58年経過します。そのうちの35年連続ですから、これはすごい記録です。凄いとは、軽井沢町の財政は健全かつ安定収入基盤に支えられいると言う意味で凄いのです。因みに、総務省に連続記録の最高はどこかを問い合わせてみましたが、時系列に見ていないのでお応えできないとの回答でした(本当かな?と思わなくないですが)。

不交付団体一覧は、こちらで見ることができます。それによると不交付団体に共通して言えることは、①企業城下町と言われるところであること(代表的にはトヨタ自動車関係市町村=愛知県およびその市町村、原子力発電所立地の電力会社関係市町村=北海道泊村、宮城県女川町ほか)、②立地地勢的に法人吸引魅力に富んでいること(一都三県の各市町等)、③人口吸引魅力に富んだ自然条件を満たしている市町村であること(軽井沢町、箱根町等)など、要は固定資産税並びに住民税(法人住民税)が安定的に得られる市町村が不交付団体として名を連ねているといえます。

軽井沢町が長年不交付団体であることの要因として、別荘が多くその固定資産税が寄与しているからが定説です。確かに別荘戸数14,203戸(H20/1月)に対して町民世帯数が8,247(H20/3)ですから別荘からの固定資産税は大きいと見られます。他に固定資産税が多額に上る要因としてゴルフ場、スキー場、ホテル、大規模集合商業施設等があり寄与していると見られます。

しかし、町の公式HPで最近3カ年(H18年度→H20年度)の予算内容を見ると町税収入6億円の増加の内訳は、固定資産税の増加+234百万円、町民税の増加+325百万円、都市計画税の増加+65百万円となっており、最近では固定資産税にかわって町民税が最大の増加要因です。これは軽井沢町人口の増加トレンドが継続しており、退職世代に限らず現役世代も流入している人口構造がもたらしている。更に、付け加えると退職世代層の所得も大きさが町民税増加を下支えしているものと推測されます。

少子化傾向が著しい我が国の中にあって人口漸増継続という現象(=軽井沢町の人口吸入魅力度の鮮度維持)がもたらす町財政への効果は大きく、今後ともこの傾向が続いていくのではないでしょうか。但し、人口増加→住宅増加→自然破壊に繋がることがないよう、環境意識を高く持ち知恵を働かせて軽井沢町の良好な自然環境を維持していきたいものです。


2008/8/6 水曜日 at 8:16:43
Posted by eiji in 雑記, その他

NHK第一放送の朝のラジオ体操(今朝は亡き両親の故郷熊本県の山鹿市からの公開放送だった。小学校6年生の時の夏休みに一度だけ同市を訪れたことがある。)が終わった後の40分過ぎから「今朝のビジネス展望」と題する番組がある。ここ追分ではこれをベランダで聞くのが日課の一つになっている。今朝も肌寒かったが、コーヒーを飲みながら楽しんだ。第一放送というのだからテレビではなくラジオの番組の話である。追分にはテレビがない。情報収集はラジオとインターネットと新聞である。新聞は、8月のみ歩いて5分ほどの「なんでも屋さん」に行くと運が良ければ買えるがちょっと遅くなると売り切れで手に入らない。従って、専らラジオとインターネットということになる。今朝のビジネス展望は、「ミネラル野菜とケーブルテレビでトータルケアシステム」と題した福島県西会津町の健康な町づくりの取り組み事例を紹介していた。なかなか興味深い事例を紹介していた。話は一橋大学大学院教授の関満博氏。

小生この放送を40数年前の追分での合宿に想いを巡らせながら聞いていた。当時小生は大学2年、関君(失礼ながら君と呼ばせてもらう)は大学1年(3年と2年だったかもしれない。ちょっと自信が揺らぐ?!)。私の人生に最も影響を受けた恩人齋藤正教授を招いて追分文化村の大学の寮で有志十人ほど(いたなか?)で合宿ゼミ(注)を行った時の仲間だった。関君とはこの合宿ゼミを通しての付き合いだったが、進んだ道はそれぞれ異なり音信不通になっていた。

その後相当年経過して新聞紙上に関君の名前を見つけた時は、頑張ってきたんだと我が事のように興奮したことを覚えている。今朝も久々にラジオを通して話を聞いたが、当時の話し方と変わらなかった。嬉しいものである。

現場主義を標榜して研究者としての実績を築いてきた関教授。引き続きの活躍を期待しています。

(2008年8月21日追記)
(注)別件でフリー百科事典「Wikipedia」の成城大学を見ていたら、次の行がありました。

―90年代後半まで、「軽井沢セミナー」(略称「軽セミ」)と呼ばれるサークルのような自主ゼミが毎夏運営された。毎年、融資が執行部を組織し、ゼミ参加者を募る。1ゼミ10人前後で複数ゼミを作り、それぞれゼミで講師の先生(大学の教授、助教授、講師)に抗議を依頼して、夏休みに軽井沢にある成城大学の施設「白樺荘」で、合宿形式のゼミを行った。完全な学生の自主性によるゼミであり、学部の別も問わなかった。

ここまで紹介されていると小生の記憶(これも当てにならないが)と違う。このゼミを創始したのは我々が最初だったというのが私の記憶。サポートしてくださったのが齋藤正教授(のちに私の本ゼミの担当教授でもありましたが)。
知らなかったのはこのゼミが90年代後半までその後20年近く続いたことです(当然と言えば当然ですが)。

一度記憶を確かめておく必要がありそうです。