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2010/4/16 金曜日 at 9:19:49
Posted by eiji in 雑記, その他

日経新聞最終ページ文化面、中でも「私の履歴書」は、毎朝の楽しみの一つである。功なり名なりを遂げた方々が語り部となって、自らの人生を振り返る。真実を語り後世に残す。本人にしか語れない知られざる一面も語られる。小生の愛読欄だ(同欄の題字はご本人によるもの。別の「素」が見れるので面白い)。迫力満点な履歴書は、興味が尽きない。

今月は、女優・有馬稲子さんが執筆担当。今朝は、以下の書き出しで始まる(「」内日経新聞2010年4月16日36面から引用)。
「少し昔の恋を書きすぎたかもしれない。監督は2年前に亡くなり、告別式で岸恵子さんが捧げた弔辞は素晴らしいものだったと人から聞いた。日本映画を代表する名作を数々作り出した監督であることは間違いないことだ。そのことと私に対する限りない不誠実さは、関係ない。私が困っているときに助けてはくれなかった。私を裏切り続けて謝罪のひと言もなかった。」

さらにこう続く。「時がたてば許す気になるかと 思っていたが、今もってそうならないのはなぜだろう。私は頑固すぎるのか。」

女優・有馬稲子にここまで書かせた監督とは?「2年前に亡くなられた日本映画を代表する映画監督」なのだから「市川昆」さんだ(ご両人に関する情報に精通している方なら先刻承知済みのことだったようだが)。

有馬さん自身「書きすぎた」と認めている。彼女にそこまで言わせたのは。そこまで書かざるを得なかったのは。どうしてもそう思ってしまう。その「なに」を、有馬さんは、4月13日付け同欄でこのように書き出し、振り返り始めた。

「あなたの芝居で人生が変わったと言われた時は、女優でよかったと思う。以下しばらく私の人生を変えた人たちについて書いてみたい。」

最初に取り上げた彼女の人生を変えた人は、「森本薫の戯曲『華々しき一族』を原作にした映画監督と初めて出会った。指の美しい人だった。(中略)21歳の私の心が騒いだ。」以下は、同日のタイトル「燃え上がる17歳差の恋 一流の映画や美術教わる」が示している。

次に取り上げたのが俳優で夫となる中村錦之助さんだ。14日付のタイトルが「共演10日目で結婚話 監督とは袋小路、ゆれる心」からでも分かる。ここでの錦之助さんは、あくまでも脇役でしかない。監督とのことは未だ語り終わらない。15日付けでは、「不誠実な監督に落胆 悲しい思い出よみがえり涙」とのタイトルが付けられた。

「恋愛でもっとも大切なことは男性の誠実さだということは、時代が変わっても同じなのではないだろうか。」で始まる。「かつて間違いなく私の体の中にいて、ついに愛情に祝福されることがなかった子供のことを思い出して涙が止まらなくなった。」で終わる。

書きすぎたかもしれない昔日の恋。有馬さんの心は、未だ許せないでいる。鬼籍に入るまでご一緒するつもりだろうか。怨念とはそういうものだろうか。

有馬さんが気の毒でならない。一度しかない人生だから。

否、大女優に向かってとんだ失礼なこと申し上げました。明日からの「あなたの履歴書」欠かさず読ませていただきます。楽しみです。


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