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軽井沢日記TOP » その他 » 町誌に見る・軽井沢別荘史⑩大正時代の避暑生活㊦
2008/11/29 土曜日 at 15:47:29
Posted by eiji in その他

別荘の庭で、子供たちのためのティー・パーティやゲームが行われ、苔の生えた樅の木の下でガーデン・パーティが開かれ、別荘へ来ている日本人ばかりでなく英米の子供たちも招かれた。

食事は、ベランダにつったドラを合図に、庭やコートにいる子供たちが集まって食べた。東京から連れてきた女中たちが、イギリス製の大きな鉄ストーブに薪をくべて、ビーフ・パイなどの西洋料理をつくった。軽井沢に来て食べる楽しみの一つはコーンだった。ふかしたての湯気の立っているコーンに、たっぷりバターを塗った。コーンの粒が舌の上ではじけると甘い汁が出る。

アイスクリームを自宅で作ることもあった。氷と塩をいっぱいつめた木製の樽のようなアイスクリーム機の手をグルグル回した。一時間ほどかけてやっとできたアイスクリームはまろやかなこくのある舌ざわりで、口いっぱいに幸福感がみなぎった。

そのころの軽井沢の遠乗りは自転車であった。私は赤い自転車を持っていて、別荘から下の町へ毎日相当なスピードで下りて行った。そのころは自動車は少なく、人も少なく、自転車であっちの別荘へ行ったり、こっちの別荘へ行ったりした。三、四人、あるいは五人、六人で自転車を乗り回すこと自体が結構面白かった。”学習院の男の方々の自転車競走”の話は、北白川宮佐和さまや細川護貞さんからもうかがった。

北白川宮、竹田宮、朝香宮の若いプリンスたち、近衛公爵、細川侯爵、酒井伯爵、柳沢伯爵方とジュニアたちが参加、親対息子のレースであった。

竹田宮は、日光に行っておられたが、軽井沢は遠出ができるし、乗馬、テニス、ゴルフその他のスポーツもできるというので、大正12年(1924)半田別荘を借り、のちに鹿島の森に別荘を建てられた。北白川宮も近藤別荘を借りておられ、大正15年に建った北白川別邸には、佐和さまのお母さまだけが逗留なさっていた。」

ここに(朝吹登水子著『私の軽井沢物語―霧の中の時を求めて―』)書かれている軽井沢での別荘での生活には黒田伯爵をはじめ、大正時代の上流階級の人々の名前が多く出てくる。当時、旧軽井沢や野沢原に別荘を持っていた人たちは、貴族や政治・経済界のトップに位置する人々とその家族であった。


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