第三世代の住問題としたのは、以下の理由からです。学校卒業までが第一世代、サラリーマン卒業までが第二世代、その後の人生が第三ステージと捉えているからです。敢えて第三世代と呼ぶのは、団塊世代と呼ぶには対象が限られ的確でない、老後と呼ぶには言葉の響きに躍動感がなく適当でない等からこう呼ぶことにしました。
シリーズの3回目は、ジャーナリスト蟹瀬誠一さんのケーススタディです。8月1日付日経新聞26面の全面広告「豊かな住生活に貢献する住宅産業」から転載して紹介することにします。
自分らしい住まいをカタチにしてみたくなった
僕(蟹瀬さん)はもともと家を所有することには魅力を感じていませんでした。不動産というくらいですから、所有すると自由に動けなくなってしまう。仕事の上でも何か新しいことに挑戦したくなった時、自由に拠点を構えられる気ままな賃貸暮らしを手放すつもりはありませんでした。
しかし五十代も半ばを過ぎるころから、そろそろ自分自身が落ち着ける場所が欲しいと考えるようになりました。そんな時、米国の経済学者の書いた本の中で人生における四つの資産という考え方に出合って、本格的に家を持つことを考えるようになりました。(略) もし自分に所得がなくなっても、とりあえず家さえあれば寝る場所は確保できる、そんな安心感が欲しくなりました。そしてそれ以上に、借りものではない本当に自分らしい住まいを形にしてみたくなったのです。
ヨーロッパなどに度々取材に出かけますが、北欧やロシアではごく普通の人がウイークエンドハウスを郊外に持っていて、週末になると都会を離れて自然に親しんでいる。また都市自体にも緑が多く、自然との共生を考えて造られている。東京に帰ってくると、まさに都市機能だけの街。自然との触れあいの大事さを痛感するようになってきました。
とはいえ、僕は田舎暮らしをしたいわけではありません。田園都市というか、自然に親しみながらも都市の利便性も享受できる、そんな場所が理想でした。
かつて田園都市構想によって整備された街もありましたが、今は都会の中にのみ込まれています。二十一世紀の田園都市はどこだろうと探してみて、出合ったのが軽井沢です。
ご存じのように軽井沢は新幹線、高速道路も整備され交通アクセスが非常に良い。都心から一時間の通勤圏内にあります。その上、素敵なホテルやおいしいレストランもあり、都市的なアメニティも充実しています。住んでいる方々も多士済々で個性に富んだコミュニティが形成されています。
そして何よりも自然がすばらしい。鳥のさえずりとか森の彩りの移り変わりなどがごく身近に感じられる。軽井沢に住むまでは木の芽が出てきたというだけで感動するようなことはなかったですね。(略)
家は価値観表現の場 生きざまや経験が表れる
家というのは無論生きていく上での拠点ですが、自分の価値観を表現する場とも思います。その人の生きざまとか物の考え方が家には表れるのです。僕の場合は自然との共生と、要らないものは省いていくというシンプルスタイル。都会ではなかなか理想の実現は難しかったのですが、軽井沢ではとことんこだわりました。(略)
この軽井沢の住まいは別荘ではありません。こちらでも仕事をしていますし、まもなく住民票も移して本格的に地域コミュニティの一員としての暮らしが始まります。冗談で町長にならないかとも言われました(笑い)。一方で、都心のオフィス兼住居もそのままにしています。東京と軽井沢を行ったりきたりしているわけですが、やりたいことがたくさんあって大いに忙しいですね。
人生を一本の線にして描いてみてくださいとお願いすると、多くの方は放物線を描かれます。生まれてから壮年期を迎えるまで上昇し、あとは人生のたそがれに向かってなだらかに下降していく線です。でも僕の周りの元気なシニアに描いてもらうと、みな右肩上がりの直線ばかり。つまりしぬ時が人生のピークというわけす。僕もそうありたいと願っています。
今実践しているこの東京と軽井沢の暮らしも、そんなアクティブな人生を実現するための僕なりの方法です。もちろんすべての人に当てはまるものではありませんが、日本人の価値観が多様化して、ライフスタイルもさまざまになっている現在、人生の器である住まいや暮らし方が多様化していくのは当たり前のことです。
第三世代の住問題(1)ケーススタディわたくしの場合はこちら
第三世代の住問題(2)紀平正幸氏のコラムからはこちら
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